初四国 高知へ行ってきました2
2017年03月27日 (月) | 編集 |
 ホテルで泊まった次の日は、もう帰る日です。
 高知には路面電車がありました。ローズマリーは乗ったことがないので乗ることになりました。路面電車もバスも市内の繁華街は同一料金で行けるようになっていました。限定地域内のバスや路面電車などを指定カードで乗ると割引のサービスもあるようでした。路面電車は一日パスも販売していました。なるほど観光の足としてこういう方法もあるのだなあと思いました。

 駅へ行って大きな荷物を預けてから徒歩で高知城へ向かいました。街路樹はやはり南国らしい木が植えられていてその成長がよくて感心しました。
 高知城は石垣で囲われ高台にありました。天守閣は残っていて見学できるようになっていました。急な木の階段に天井が近くてぶつかりそうでした。靴下をはいていたので磨かれた木の床は滑ってドキドキしました。数年前の大河ドラマ「功名が辻」の主人公だった山之内一豊の妻の女優が着た打掛なども飾られていました。戦国時代末期の建造物で、欄間なども展示がありましたが繊細というよりも豪放磊落といった風情に感じられました。
 二の丸三の丸は残っていないのが残念ですが、たとえ明治に残っても、その後の戦災もありますから、現存できたかどうかはわかりませんね。天守閣だけでも残っていてよかったとすべきでしょうね。
 その後は商店街を通ってまた駅に戻りました。護国神社が近くであればとお詣りをと思いましたが、お城の近くではないようでした。今調べてみると車で行く距離だったようです。こちら。高知護国神社

 商店街の中で土佐赤牛のカツレツというのがあって、頼んでみました。ひれを奮発してくださったようなのですが、柔らかいのと熱いので味がよくわからず残念でした。あれなら塩で軽く焼いてもらうだけが肉の味がしっかりわかってよかったのかもしれません。カツの皮もしっかり厚くて、皮を外そうかと思ったほどでした。安くてもコロッケの方が楽しめたのかもしれません。

 商店街の途中で公園に抜けられてそこでピクニック気分でカツレツを食べました。目の前が交番で安心できました。交番の裏には公衆トイレもありました。このトイレが内装に木が使われていて温かい雰囲気でした。

 あっという間に時間がたち、電車に乗りました。高知駅のプラットホームは駅舎の二階ですが、外から電車の足元まで見える構造でした。乗ってから市内の風景が遠くまで見通せて、見晴らしのよさに驚きました。
 またこの駅舎も木がふんだんに使われていました。高知県の林業にかける気合を感じました。
 今度は電車で本州へ渡ります。高速道と違ってローズマリーが知っている地名もいくつか出てきました。
 大歩危の近くでは車内案内で紹介されました。渓谷の風景に感銘しました。
 香川県に入ってからの駅では人々の服装がすっかり変わりました。ジャケットや軽い羽織りものだったのが、オーバーコートやダウンコートになりました。車内の温度は変わらないのですが、なんだか寒くなってきたように思いました。
 そしてまた瀬戸内海を超えます。こんどはちゃんと起きていたのと鉄道が下で道路が上の橋なので海面が近く見え、飛び跳ねる魚の姿も見えました。またあっという間に岡山県に入ってしまいました。
 岡山駅について乗り換えです。すると、なんと乗るはずの前の特急と軽自動車の衝突事故が起きていて、予定の特急は運休になっていました。どんな事故かわかりませんでしたが、とりあえずひとつ後の特急は動くようなので、それに乗ることにして一時間の待ち時間ができました。
 でもiphoneで情報確認しているうちにあっという間に時間が過ぎました。都会の人ってこういう感じで時間が過ぎるのかしらと思いました。
 帰りの特急は、ひとつ前が運休だったので自由席はいっぱいでした。が指定席が空いていて座ることができました。
 後日新聞を見たら1300人に影響が出たと書いてありました。1300人って少ないなあと思ってしまいました。田舎だからそれで済んだのだなあと思いました。事故はけが人もなく終わったようで地元の人はほとんど知らないようでした。けが人がなくて何よりでした。
 いろいろなことがあった旅行でした。移動距離が長くてやはり疲れました。ゆっくりした旅程にしておいて正解だったと思いました。
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初四国、高知へ行ってきました1
2017年03月26日 (日) | 編集 |
 予備自衛官の同期が去年出産をして、今年は同期会に不参加だったので会いに行ってみたいと思いました。連絡してみると、快諾をいただけたのでもう一人の同期と一緒に訪問することにしました。高知までの道順など考えたり、予約をとったりして準備万端です。
 ところが前日、高知の彼女から連絡が。
「インフルエンザになりました」
仕方ありません。でも高知に行くのは決行することにしました。
 同期の家に泊めてもらう予定でいたので、あわててホテルを予約、三連休の週末なのでどこのホテルもいっぱいでとってもあせりました。何とか予約ができて安心しました。
 京都での同期会の後、新幹線で岡山へ、そしてバスで四国入りです。バスは途中休憩もないそうでどんどんすすみます。あれって思ったら、もう海の上。あちこちの島が見えると思ったらもう四国に入っていました。
 瀬戸内海を簡単に超えてしまって拍子抜けです。
 途中眠ってしまったら、目が覚めてみるとすでに高知県に入っていました。高知駅に着くと街路樹はヤシの木です。それもきれいに緑が青々としています。そして背が高い。やはりあたたかいので成長がいいのですね。三月ですのに温かです。気温はさほど変わらないと天気予報等で見ても、実際の体感温度はずいぶん違いますね。
 
 ちなみに山陰にもハワイと呼ばれる場所があってそこにもヤシの木があるのですが、初夏に行っても枯れかけた葉っぱが目立ちちょっとかわいそうな風景です。背も低いです。やはり環境が一番ですね。

 逢えないとわかってはいても一応同期の家を訪れ、マンションの下からビデオ通話をしました。それから、同期のご主人が送ってくださってホテルへ行き、途中でいろいろと市内の観光地も教えてもらいました。
 
 この夜は、教えてもらったひろめ市場というところでかつおのたたきやお土産をしこたま購入し、ホテルで食べました。
 たたきとってもおいしかったです。そして土佐のしょうがが気になっていた私はジンジャーエールを試しました。とってもしょうがが効いていてこれもよかったです。
久しぶりの京都の親戚の家へ
2017年03月25日 (土) | 編集 |
 京都へ同期会に行く前の時間に親戚の家に寄ってみました。
 新しい家族が増えていてますますにぎやかになっているだろうなと思っていったら思いのほか静かでした。新しい家族が増えている間に子供たちが成長していてすっかりお姉ちゃんお兄ちゃんになっていました。
 ローズマリーを最寄りの駅まで迎えにお父さんが来てくれる間も、上の子供たちはお留守番ができていました。赤ちゃんのおむつを換えればお兄ちゃんがごみ捨てしてくれるし、お姉ちゃんが下の弟を遊ばせてくれるし、なんとまあとおばばはびっくりです。
 お母さんが留守の間に、お姉ちゃんは洗濯物を畳み、それぞれ弟たちは自分のものをタンスにしまいます。その間にお父さんが昼食を作ってみんなで食べました。残念ながらお父さんの昼食はみんなが食べなれないものだったらしく残しちゃって、お母さんがたくさん大皿に作っていた作り置きおかずがあっという間になくなりました。
 数時間の滞在でしたが、本当に子供たちの成長にびっくりでした。よく考えれば当たり前ですが、たまに会うと驚きますね。数日前に子供が熱を出したそうですが、ローズマリー訪問時にはすっかり良くなっていてみんな元気でした。
 ジグソーパズルをしたり、お絵かきしたり、ボール遊びをしたりして遊びました。
 また会いに行ってみたいです。
 
予備自衛官補教育訓練同期会へ2017春
2017年03月24日 (金) | 編集 |
 今年も予備自衛官補(予備自補と略します)技能Ⅰを一緒に訓練した仲間の同期会があって出かけました。
 京都で教育訓練でお世話になった班長をお招きしました。
 二年目二回目ですが、前回のほぼ半分の出席者になりました。たまたま皆さんお忙しかったのか、それとも今後こういう風に減っていくのかと言いますと多分減るのだろうと思います。ご家族がある方や遠方だとなかなか出にくいものです。そして予備自衛官になった方は職場で連休を取っていることが確定ですから、ますます職場で身が細る事情があるでしょう。京都まで出てくるにはいろいろと障害があるのだろうなと思います。
 今回来ていただいた班長はそれぞれ今年度来年度中に異動なさるそうですから、そうなったら、同期会はいろいろな場所にして、遠方の方がいつも時間的経済的に不利にならないように配慮してはどうだろうという意見も出ていました。
 ローズマリーはそれに大賛成です。班長に来ていただきたいのはやまやまですが、できれば数年ごとでいいので同期のそれぞれに逢いたいという気持ちが強いのです。それぞれの地域持ち回りにすれば数年に一回は行けるかもしれません。それに動ける人ならあちこち旅行もできます。
 
 さて同期会です。
 今回は京都の町家を改造したお宿を貸切です。
 こちら そのなかの八条 鈴

 本当に住宅街の中なので、夜中までうるさくして大丈夫かなとちょっと心配になりましたが、今回の参加者は少なく、そんなに大声も出なかったので大丈夫だったのではと思っています。苦情が出ていないといいのですが。
 台所(オーブントースター、オーブンレンジ、コンロ、簡単な食器)、洗濯機などありますから短期滞在にはとても便利だと思います。二キロ離れたショッピングモールでいろいろ惣菜や飲み物を買ってきて、そして不参加者からの差し入れ、参加者からのもちよりもあって、楽しく宴会できました。
 そして、LINEでのビデオ通話なども駆使して遠方の人も一緒に宴会している気分になれました。ビデオ通話はグループラインで大勢でもできそうなので今後も使ってみようという話にもなりました。
 みんなで歩きながら、これ何のグループに見えるだろうねえと話していましたが、社員旅行が一番無難な感じかなとローズマリーは思いました。年齢も地域も職種もバラバラですけどね。
 当日はやめについた同期がお土産を置いて乾杯したらさっさと帰ってしまったり、来るはずだった人が仕事が長引いてこれなくなったり、驚くこともたくさんありました。
 次の日は前日の残りで朝食にして、宿のテレビで甲子園の開会式をみんなで見ました。それからちょっとだけお茶をしてそれぞれ分かれました。
 次はいつ会えるのでしょう。毎回一期一会です。次逢えるかどうかわからないし、それまでに何かがあるかもしれません。

 そしてだれもが、国家に何かあった時には駆けつける覚悟の予備自衛官でもあります。それぞれ精進しながら日々の務めに励むのです。
 また、次皆が元気であえますように。そして、暮らしが平安でありますように。
網仕事の道具を竹細工で
2017年03月19日 (日) | 編集 |
 退職した兄が漁師業をしていて、網仕事の道具を竹で作っています。ロープを巻いておいて、網を修繕するときに使うのだそうです。
 以前ローズマリーが手作りしていた機織り機の杼に形が似ています。
 
 ロープの太さによってその道具の大きさを変えるそうです。一つずつ小刀で削っています。細い部分もあって、そこは木だと折れてしまうそうですが、竹でしなるので耐久性があるそうです。また網に使うので水に対する耐久性も必要で、竹はそれも満たしているそうです。
 昔なら手作りするのは当たり前だそうですが、今はプラスティックを使う人も多いそうです。ただ使い勝手や耐久性は竹の方がよいそうです。竹をもっと使えば山の竹が無駄にならないけれどねえ、と昔話になりました。
 竹製品の調理道具や雑貨は周囲にあふれていたけれど、プラスティックや金属にあっという間に駆逐されてしまいました。大量生産で安くできるからですね。竹製品も安かったそうですが、第一次産業の合間の手仕事が多かったので、農村からどんどん都会の第三次産業に人数が移ってしまってからは作る手間に値段が手間に合うと考えられなくなってしまったのですね。

 竹で小物を作っているのは「好きだからね、多分そうでないと作らない」と兄も言っておりました。