自己肯定感はどう育むか
2017年01月14日 (土) | 編集 |
 あるお母さんが書いておられた記事を読んで考え込みました。
お母さんのお話しのおおよその意味「私は母を失った子供たちを継母として育てました。実母を失ってかわいそうといわれることは、よくないと思い、義母にも協力を求め、子供たちには『幸せだね』と言って育てました。ご飯が食べられて幸せだね、おいしかったのは幸せだね、朝起きられて幸せだねというように。子供たちは、結果自己肯定感の強い子に育ちました」

 初めに言っておくと、ローズマリーは自分のことを自信がない、自己肯定感が乏しいと思っています。先回りして考えては落ち込んだり悔んだりすることが日常です。被害妄想的な考えも多々あります。
 しかし、自分を不幸だと思って育ってきたわけではありません。「いろいろな人がおられるが自分はなんて幸運なんだろう、なんて幸せだろう」と思ってきました。考えてみると、大きい挫折などということもほぼないように思います。

 それなのに、自分はだめだ、と思うことが多々あります。何とか50年の人生を過ぎ、「どうもそんなに自信がないと思う必要もないようだ」との価値観を見出しましたが、これまではとても自分は存在価値がある人間ではないと思ってきました。

 前述のお母さんの「幸せだと思って育てば、肯定感が育つ」というのは、どういうことかなあ、言葉通りだけではない何かがそのお母さんと子どもたち、その家庭にあったのかな、それは何だったのだろう。と考えています。
 
 ローズマリーは、両親がそろい、それなり普通の家庭で過ごしてきたと思いますが、どうしてこう自信がなく自己肯定感に乏しい気持ちを長年引きずってきているのかとても興味があります。
 
 今糖質制限から、体の栄養学特に分子的な栄養学を唱える方たちの話を勉強するにつれ、ビタミン、鉄分、脂質タンパク質などの栄養不足であった部分もかなりあったのではないかと思うようになりました。
 ストレスを解消できないと思っている部分も、栄養不足がかなり影響しているのではないかと思います。

 言葉も重要ではありますが、生活環境そのものがとても重要だと思います。そしてそれらは個々人があまり意識していないところに多く隠れているように思います。
 
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