個別記事の管理2017-04-29 (Sat)
 故人となると遺品は、遺された人の手で区分けされ処分されるものですね。そこに故人の思いはなかなか伝わらないものだなと思います。しかし遺された人にも生活があり、故人とは違う価値観があるわけですから仕方ありません。

 いつも拝見するブログ「ネイビーブルーに恋をして」で、管理人さんが興味を持った本を中古として入手したところ書き込みがあり、元の持ち主に思いをはせる部分があります。記事はこちら

 故人の思いについて遺された人が理解できず想像もできなくても、中古として流通したからこそ、その品物は興味を持つブログ管理人さんのところにたどり着いたのでしょう。それは感慨深いものがありました。

 ローズマリーは日本のきものの文化が素晴らしいと思っていますが、現代日本の日常生活からずいぶん離れた存在になってしまったことは現実です。自分自身で着ることもほとんどないような日本人が多く、人が着ているのを見ても珍しいものを見るように眺めます。
 そういう中で年配の人が若いころから持っていた着物を、故人となってしまったときにものに込められた思いがわからないのでしょう、若い人たちは処分してしまうのですね。十派ひとからげにして二束三文で売り、また買う方も相手が価値をわからないのをいいことに安値で買いたたくような状況がとても悲しいです。
 どんな品物も作るまでにいろいろな工程や思いがあり、また売り手と買い手にも思いや生活があり、入手した着物を大事にしてきた時間があります。
 そういうことが伝わらない社会であることがとても残念だなあと思います。

 自分の人生の片づけは自分でしておかねばと思う気持ちが強くなりました。うれしく思いの残る素敵な品物に囲まれて人生を終わりたいですが、あとの片づけのこともしっかりあとの人にわかるようにしておくこと、そしてできるだけ厳選し少なくしておくことが重要ですね。
スポンサーサイト
* Category : 心と体
* Comment : (0) * Trackback : (-) |
コメント







管理者にだけ表示を許可する