つもりがいい、自分の感覚だけを頼っては他人に迷惑がかかる
2015年07月27日 (月) | 編集 |
「つもりがいい」とよく親戚中で言います。特に年配者に向かって陰で言っております。
自分ではいいつもりだが、周囲から見ると危なっかしい、客観的にみると危険だったり無理であるといった言葉です。

 最近これが年配者だけでないなと思います。自分自身を客観的にみられない方が増えているのだなと思います。行動が起因する病気などによく見受けます。

 例を挙げると熱中症など。
 かかった方に後で聞いてみると「暑いと思っていなかった」「水を飲んでいた」「室内にいた」さらに高齢者になると「これくらい大丈夫だと思った」などとおっしゃいます。

 実際にはおかしくても自分でその体調変化に気が付かなかったり、体が弱っていて顕著な変化がなかったことでわからなかったりするようです。
 また周囲の人と同じだけのことをしていても、弱い人(高齢者、若年者、病気がちな人、障害者、病後の人など)、自分の体感覚が鈍い人は危険になることもあります。「同じことしていたのになぜ」とおっしゃいますが、「あなたにはそれでは足りなかった」としか言いようがありません。
 顔がそれぞれに違う程度にはそれぞれの体調や体質があるのですから。基準として医師等に言われた情報は一般的にあっても、自分にどれだけのものが必要かは、そのときどきの行動や体質に影響されるわけですから自分で考えなければなりません。
 人のお世話をしている人は、人の言うことだけでなく見た目や周囲の数字的なものもしっかりと見極めないといけないと思います。

 昔の人はそういうことに長けていたと思います。また長けていないと生きていけなかったのだと思います。生存本能に近いのかもしれません。
 今は対応策がいろいろありますから、長けていなくても生きていけます。対応策を上手に使う程度には、気をつけないといけませんね。

 結局人間は社会性のある生き物で一人で生きていけないので、他人様を含めてお世話になっているわけです。自給自足でない限り、お世話になっている、おかげ様、ありがたいという気持ちがないといけないなあと思います。

「つもりがいい」と結局はお世話を多くかけることになってしまいます。そこを自覚して氣をつけなければと思います。
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