墓掃除など
2015年08月11日 (火) | 編集 |
 実家の父(の血統)はかなりの自分勝手です。ローズマリーから見ると変人です。従妹に言わせると「あの兄弟みんなだよ」と。祖父母はどういう風に育てたのかなあ、と思ったりしております。

 と、今回は平日の朝六時半にやってきて呼び鈴をガンガン鳴らしやがりました。たまたま休みを取っていたローズマリーは朝からバタバタしておりました。「この忙しいのに」と思ったら、畑の野菜を持ってきてくれた様子でした。普段なら玄関口において帰るのに、何か言いたいことがあるらしく帰る様子がありません。仕方がないので、お茶を出しました。繰り返しますが、朝は忙しいんです。
 体のあちこちが痛いだのという前置きがあって、墓土地を移動しようと考えているというのです。
 繰り返しますが、平日の朝六時半です。そんな話をゆっくりできる時間ではありません。
現在の墓はお寺にあるのですが、駐車場がない、墓まで段差が多くて行きにくい、ので家の近くの駐車場があってそこからすぐの墓土地にしたいというのです。

 結局ローズマリーが今後墓掃除はするので、墓にはいかなくてよいということにしました。墓土地の移動にはもうちょっと考えるようにと言っておきました。

 石造りのお墓はきれいですが、自然破壊だとローズマリーは考えています。火葬して容器に入れた骨を石造りの箱の中に収納しているのが石造りの墓です。どんどん場所を取っていくだけです。容器に入れた骨は自然に帰ることができません。無駄だとローズマリーは思います。墓土地に石塔を立てて記念碑的にお参りするのは構いませんが、骨はきちんと自然に返したいと思います。
 今後墓を守るものもいなくなるのに、立派な墓を建てて無縁墓にしてどうするつもりでしょう。どうしてもというなら骨の極少量を本山で永代供養にしていただき、残りは粉にし散骨するのがいいと思います。

 父が生きている間くらいは墓掃除を普通にしてあげますよという気持ちです。
 父が着た翌日は朝五時半に起きて準備をしてお寺に向かいました。山門が空いているかしらとちょっと不安になりましたが、心配いりませんでした。すでに何人もの方がお墓参りをなさっていらっしゃいました。
 母がなくなって28年です。母は家から歩いていけるところに墓がほしいと知人を介して生前から今のお寺に頼んでいました。あのころ墓探しに奔走した父ですが、引っ越ししてしまったので今度は駐車場に近い墓を探す羽目になるとは。今かつての家にいてもやはり歩いて行くのは今の父には無理かもしれません。
 あちこち痛いのは糖尿病性のものだと思います。節制も勉強も健康についてはしない人なので自業自得ですね。

 そんなことを考えながら墓掃除をしました。まだ父よりは若いので墓掃除を毎月請け負ったからと言って体力的には大した負担ではありません。だんだんと代替わりになるのだろうなと思います。
 墓掃除を終えて汚かったので本堂には上がらず庭から拝みました。こうやって手を合わせて拝むようなことは嫌いではありません。生き方を模索しよく生きること、そのための指針を考えること、祖先に対する尊敬をいつも持つこと、とても重要だと思います。宗教自体を否定はしませんが、その在り方を現代ではもっと考える必要があるのではと思います。
 宗教がもとで紛争がたくさん起きておりますから。どうか宗教上の幕引きや手を握り合うことを何とか模索してほしいと思います。

 毎月のお寺参りの口実もできたので今後はお邪魔する機会が増えそうです。

 しかし、もうちょっと相手のことを考えて訪問してほしいものですよ。
 ひとの家の訪問は約束していない(事前の連絡)限り10時以降17時までだ!!その時間が不在とわかっているならばやはり事前の連絡をすべきだと思います。昔、父が私たちにそう教えていたのに……。ええ我が家の門限は17時でした。もちろん大人になっても連絡がない限りは17時でしたよ。

 とにかく、もう父とローズマリーは別の家庭を持ち別の人生を歩いていると理解してほしいものです。嘆息
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