浄土真宗 追記あり
2016年08月16日 (火) | 編集 |
 浄土真宗は亡き母が「合理的である」と言って、自分の実家と同じ宗派が近所にあるのに、わざわざ選んでお願いした宗派です。
 
 追記1 
   ローズマリーの実家は父(八人兄弟六番目四男)の実家が神道、母(三人姉妹次女)の実家が仏教のある宗派でしたが、どちらの実家からも強制されませんでした。ローズマリーが生まれた翌年に新築した家に神棚も仏壇もありませんでした。母(当時50歳)が病を得、余命宣告に当たり墓と寺を決めることになりました。


 服喪期間も忌日もありません。なくなることはお浄土に還るとかいう言い方をするのだそうです。
 死後世にいう閻魔大王の裁きもなく、すぐに阿弥陀如来さまのご加護で仏様になるのです。
 お盆も年期法要も、故人のためではなく生きている人が仏事に親しみ勉強する機会としてあるのだそうです。仏壇はお寺を通して本山よりご本尊をいただき、礼拝する場所なので、家に亡くなった人がいなくても持っているべき場所だそうです。と言ってもローズマリー宅にはありません。
 
 服喪期間忌日がないので、家人がなくなって近日中にあるお祝い事をご辞退することも必要なくお出かけできるのだそうです。
 死を穢れとしてとらえる必要がないからだそうです。
 喪中欠礼も本来は必要ないそうですが、知らない人にいろいろ説明が難しかったり、誤解を生じてもいけないの書いても構わないくらいの話しだそうです。
 法名をいただくのも、他宗では戒律を守りますということから戒名というのですが、戒律がないので法名といい、釈○○の三文字です。(女性は釈尼○○とする地域もあるらしい)
 
 日本全国で三分の一を占める宗派なのだそうですが、なぜかそういう合理的な部分はあまり浸透していないように感じます。他宗から見て、「亡くなったばかりなのに華やかな行事に参加して」などといわれたりするようにも思われます。
 大安仏滅なども迷信として一向に意に介しません。

 生活しやすい便利な宗教だなあと思う反面、その通りを通すと、他宗の方から「不作法だ」「傍若無人」とか大変怒りを買いそうな気もします。

 他宗でも宗派としてのやり方だと思っていることも、実は地域の風習が混在してしまっていて仏事と離れていることもあります。なかなか難しいものだなあと思います。
 この夏、亡くなられた知人親戚があり、そういう場にいくつか遭遇しました。
 大体において、相手のことを認めず、自分の価値観で親戚のやり方を非難する年寄りが多くて、お寺さんのやり方を批判したりしてしまうと本当に困ります。特に故人の実家側血縁の兄弟にそういう人が多いです。結婚して新しい家庭を築けばそちら重視になって当たり前だと思うのに、それも長生きした老人だと結婚して60年です。どっちに親しんでいるかわかりそうなものなのに、わからないようです。
 よそに行っては、主張せず、「郷に入っては郷に従え」の気持ちを持たねばならないなと思います。

追記2
ちなみにローズマリーは嫁ぎ先の宗教をお勉強中です。しかし嫁ぎ先の姑は、宗教は大事にすべきだが傾倒してはいけないと考えているようです。ので、ローズマリーにもやり方は教えてくださいますが、意味はどうでもいいといった風です。ただ、幼いころからその風習の中で育っているので、他のことには全く興味も関心もないようです。
 自分の宗教としては自分の心の中にあり既存のものに入り込む気はありません。
 実家の浄土真宗のやり方は成長した後に知った(母の死とともに)ものですが、とても納得でき、面倒くさがりのローズマリーにも実践しやすいです。似たような性格だった母が実家の宗教でなくこちらを選んだ理由がわかるような気がします。
 もう一つ、母は自分が夫である父より先に死ぬとは思っていなかったようです。中の良い年上の友達のお寺の行事に参加しているのを見て、ひとりになった後一緒にやりたいと思っていたような気もします。お友達は今もお元気でお寺のお仕事をお勤めしておられるようです。
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可